2018年09月25日

そんな人たちと真面目に話すの? 笑

その辺に歩いている「昔ながらのパンチパーマで刺青をいれたおじ様(笑)」に、唐突に「刺青を入れる是非」について話すひとはいませんよね。
その辺に歩いている子どもに議論をふっかけて、それを理解しないからといってマジ切れするひともいないですよね。

だって、必要性もなければ、無駄でもありますから。

「何を当たり前のことを」と言っている、あなた。
ネットで、それと同じことをやっているかもしれませんよ。
どういうことでしょうか。

たとえば、すこし前、ネットで「刺青をいれる是非」について言い合っている人たちがいました。
が、実は893と言い合っていたかもしれません。
たとえば、ネットでよく議論をふっかけて相手の反応にマジ切れしているひとも見ます。
が、実は子どもと言い合っていたかもしれません。
ネットでは相手の顔は見えないですからね。

そもそも893も子どもも、自分の生活とは何の関係もありません
通りすがりのひとよりも、さらに縁遠いのに言い合っても何のメリットもありません。

この話はちょっと極論なので、もっと身近な例にしてみます。

「話が通じないひと」

学生のころ、同じクラスにいたらどうします?
トコトンまで話しあいます?
そんな無駄なことはしないですよね。

「距離を置く」

これではないでしょうか。
でも、不思議なことに、これがネットになると、とことんまで言い合うひとが続出してしまいます

話が通じないひとにいくら話しても無駄。
仮に世論が変われば、いや、世論が変わらなくても自分の気持ちがすっきりすれば言い合えばいいのですが、もちろん世の中は変わりませんし、気持ちもすっきりしたようで、実のところ、すっきりできません

泥沼にはまるだけです。

大切なひとをつくるために時間を費やす。
大切なひとと一緒に過ごす時間を費やす。
大切なことに時間を費やす。


コレです。
人生一度きりなのですから。

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